2011年10月17日

1986年の残照 円高 9

 利権にかかわる政治汚職事件は戦後何度も起きている。それも国内の利権汚職に止まらず、国際談合事件・国際利権汚職に発展してしまったロッキード事件のようなものも起きてしまった。

 ジャーナリズムは、センセーショナルな政治事件は国民全体を憤らせ、ジャーナリズムへの興味と関心を呼ぶので大喜びだが、国民はそう単純でもない。
 国民は怒りと諦めと無関心と多少の好奇心とが入り混じった気持ちでこの政治汚職ショーを見物する。下手な役者の三流芝居を見るよりは、この手の政治事件を国民がおもしろがっているのを政治家もジャーナリストも学者も知っている。
 汚職事件による一人の政治家の失墜は別の政治家にとっては出世のチャンスでもある。苦い顔の下には堪え切れない笑みが溢れている。

 ロッキード事件で元首相が逮捕されたとき、「なんてバカなことを」と囁く声が聞こえる。
 この声の本音がどういうものかというと、「首相になる前にすべての汚職にはケリを付けておくべきだったのだ。そうすれば造船疑獄で幹事長のときに逮捕状が出たにもかかわらず指揮権発動で逮捕中止となった別の元首相のようにノーベル平和賞を受賞できたのにな」ということだ。
 アメリカの元大統領補佐官はベトナム戦争終結でノーベル平和賞を受賞したが、彼の功績には米中国交回復というのもある。だから、日中国交回復を実現した元首相にもノーベル平和賞を、というわけだ。

 こうした捻りの利いた冗談はさておき、もっと真っ直ぐな疑問がある。
 国際利権汚職で逮捕された元首相は、あれだけ地元を政業一体で潤していながら、ずっと法的かつ倫理的な問題をうまくすり抜け、アメリカから証拠が出て初めて司法がまともに機能し出すとは、一体この国の制度はどうなってるんだ? 
 国民主権は形だけのお飾りで、実はこの国は国民のためでなく、民主制を悪用した権力者たちのためにあるのではないかと虚しくなる。



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2011年10月18日

1986年の残照 円高 10

 1986年の日本では、国民も政治家自身も政治には白けきっている。若い政治家が国政に意欲を持って臨もうとしても、まずやるべきことは選挙区の利権団体に頭を下げ、きちんと彼らの要望に応えて、税金を分配してあげることだ。
 このようなことを秘書がすべてやってくれる大物政治家になるまではじっと我慢、我慢しすぎて、理想はいつの間にか彼らの胸から消え去る。

 そんな議員先生たちも、近頃の円高は多少気掛かりなようで、国会でもよく議論される。自分らを支持してくれている商工団体からの政治献金が減るのは実際に困るのだ。――いや、そうではなくて、日本の行く末を愛国の志士として嘆いているのだ。自分の再選よりも天下国家を論じなければならない。

 予算委員会が開かれていた衆院第一委員室の重々しい扉が開いた。選良たちがぞろぞろと出て来る。
 そこにはフラッシュライトとテレビカメラの砲列がじっと獲物を待ち構えていた。ジャーナリズムが色めき立つ政治事件劇の主役が出て来るのを待ち構えている。

 突然待ってましたとばかり、フラッシュライトとテレビカメラが一斉に砲撃を始めた。うわっと政治事件劇の主役(まだ劇の配役は完全に終わっていないのだが)を取り囲んで、ペンを持った兵士たちの機銃掃射が始まった。

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2011年10月19日

1986年の残照 円高 11

 与党議員の上田と山本は後ろを振り返って苦笑いを浮かべながら国会の赤絨毯の上をのしのしと歩いていた。
 二人とも恰幅がいいほうで、見た目だけなら大物議員の風格十分ではあるけれども、残念ながらそれぞれまだ当選三回と四回で、大物と呼ばれ、大臣の声がかかるにはあと二、三回当選しなければならない。
 万年与党の時代では大臣のイスは当選回数順に巡って来る。政権は事業継続が前提の安定した大企業のようなもので当選回数による年功序列が昇進のルールだった。
 二人ともすでに後援会組織も整備されていたので、大臣になるための当選回数のノルマをこなすのは予定されていた。
 本人たちもその時を静かに待っていて、今は党幹部や派閥の領袖を初めとする党の実力者の覚えを良くしておくことに余念が無かった。

「それにしても稲山さんは大人気だね」上田は皮肉っぽく言った。
 稲山は今、フラッシュライトの砲撃とペンの兵士たちの攻撃を受けている。
「政治家は人気が必要だけどああいう人気は願い下げだよ」山本はやれやれというように言った。
「繊維業界のためにやってあげたんだろ。誠意を持ってやっても、ちょっとカネの処理を誤るとああだもんな」
「そういう特定の業界に直接の利益となるようなことはやってはまずいだろ。それで、カネを受け取っているとしたら問題だよ」

「カネをどう受け取ったかが問題なんだよな。政治資金としてしっかりと法に則って処理していれば問題は無いんだが、つい自由に使うカネが欲しくなるときがあるよな」
「それはあれかい? 怖い奥さんに内緒で遊ぶカネが欲しいってことかい?」山本は冗談めかして言った。
「そりゃ、そういう気持ちんあるときもあるけどさ、それだけじゃないよ。選挙はカネがかかる。支持者といえば聞こえはいいが、たかり集団みたいなところがある」上田はさもうんざりだというように言った。

「おいおいそんなこと言っていいのかい? 誰かが聞き耳を立ててるぞ。次の選挙は無くなっちゃうよ」
「そうだね。気を付けないとね」と上田は首をすくめた。「それにしても、繊維産業はこれからたいへんだろうね。特に中小はきつい。これだけ円高になると輸出はもうダメだな。日本からアジアの新興国に移る」
 国を憂える先生方は、日本がはじめて経験する円高について話し始める。

posted by 論虚空 at 07:23| 1986年の残照 序章 円高 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

1986年の残照 円高 12

「日米繊維交渉で揉めてた頃が懐かしいってことだよな」万年与党ではまだ中堅議員に過ぎないのに、さも大物議員が国際交渉の修羅場を経験したかのような口振りで山本は言った。「貿易摩擦になるほどじゃないと産業が持たないってのはどういうもんだろうね。鉄鋼、テレビ、自動車と次々出て来るんで、アメリカもとうとう伝家の宝刀を抜いちゃったもんな。個々の産業ごとにやってたら埒が明かないから、全部ひっくるめてやろうってんで、円高だ。円高は止まらないね。今日もまた円が上がってる」
 上田が冷やかすように言う。「円が上がるたびに財界人の血圧が上がってるって話だぜ。連中も頭を抱えてる」

「うちの後援会も地元の商工業者が多いんだが、心配してるよ。これだけ円高が進むと国内の中小企業に大企業が発注しなくなるんじゃないかってな。価格引き下げのプレッシャーがすごいって言ってる」山本は言った。
「公金を使って支援してやるか?」
「それが難しい、特定なものに特定なカネを付けるとまずい。しかも、政治資金とみなされないカネを貰ったことがちょっとでも外部に漏れるとアウトだ」

 上田は、いつもは腹に溜めてる本音が漏れる。「カネの問題もさ、カネをくれた者のためだけの行政への働きかけを一切しなけりゃ問題無いんだよな。
 でも、うちに入って来る政治資金にしたって、みんな自分たちに有利な政策をやってほしいから、くれるんだよな。
 カネと政策に直接の関係が無ければ問題無い。政治家に入った特定のカネと特定の政策が結びつくと問題になる」

「まさに綱渡りをしてるようなもんだよな」山本は自分に言い聞かせるように言う。「でも、あれだ、できるだけ普遍的な政策提言をしてれば良いんだよ。支持者の要望を特殊な要望に止めておかずに不特定多数の有権者をカバーできるように普遍化する、一般化する。
 極一部の特定の有権者だけが得をするような政策は提案しない、管轄の官庁にも強要しない。これなら大丈夫だ」
「官庁っていえば、今度の繊維の件じゃ、官僚にも捜査が入ってるって話だな」

 稲山という政治家はどうも繊維業界に便宜を図ったことで、嫌疑を掛けられてるようだ。官僚もかかわってるとなると、これは国民が辟易しているいつもの政官業癒着の汚職事件ということだ。

posted by 論虚空 at 07:15| 1986年の残照 序章 円高 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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