2011年10月21日

1986年の残照 円高 13

 将来を嘱望された政治家・山本は、まるで人ごとのように話をする。「官僚つったって、次官、局長ってことじゃないだろ。トカゲの尻尾切りみたいなもんだ」
「とはいっても、トカゲの尻尾も結構銀座で豪遊してるって噂も聞こえてくるぜ」上田はわざとらしく眉をしかめた。

「銀座で豪遊してるのは、トカゲの尻尾だけじゃなくて、もっと上もだろ。上はうまいんだよ。
 実務は課長、課長補佐、係長あたりやらせてるよな。民間企業とも、現場を理解するという名目で付き合わせる。やつらは、まだ世間を知らないから、民間企業の幹部に持て囃されると舞い上がっちまうんだよな。
 本当の大物の資質ってのは、持ち上げられれば、持ち上げられるほど謙るもんよ」
「実るほど頭を垂れる稲穂かな、ってことかい」
「そうそう、それだよ。大物であれば大物であるほどほど、変な意味でなく謙虚でなきゃいかん。調子に乗るから躓くんだ」
「山本さんの大物論か。私たちも肝に銘じないとね」
「いや、その通りだよ、上田さん、他山の石としなけりゃいかんよな」

 上田は軽く頷くと言った。「通産省っていう官庁もどうなんだろうな。政府が産業育成みたいなことをする時代は終わったんじゃないかな」
「そうだな、下手に税金を使って産業の支援だの育成だのをしようとするから、おかしな話になる。税金の再分配の多い少ないが産業の生殺与奪を決めてたら市場が歪む。もうそろそろ日本も完全に市場に任せちゃってもいいんじゃないかな」山本は興奮して言った。
「アメリカはどんどん自由化して市場原則を推し進めてる」

 さて、このところよく議論されている「護送船団方式から自由化へ」の話題に二人の先生方の話は移るようだ。
 光り輝く1980年代にふさわしい政治トピックは、市場開放に民活民営、それに自由化だ。



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2011年10月22日

1986年の残照 円高 14

 山本は興奮したまま話を続ける。「驚くべきことだが、日米ともに政府の経済への関与は大きいんだよな。どちらも変種の社会主義国家みたいなもんなんだ。ところが、レーガンはアメリカを本当の自由主義経済の国にしようとしてる」
「こちらも、追随してるところもあるよね」上田は言った。
「でも、まだ十分とはいえん。日本がアメリカ市場に頼っている限り、アメリカからの自由化への圧力は強まるぞ」
「今はレーガンも連邦議会の対日経済制裁法案を拒否権発動で潰してくれてるけどね」

 上田の指摘を受けて、山本は今自分が言ったことを忘れたかのようにレーガン政権の基本理念に立ち戻る。「真の資本主義国家はどの国もあらゆる共産主義国家に優越しなければならない。資本主義国家が共産主義国家より貧しくなるのは許されない。資本主義国家は、共産主義国家の抑圧された人民の憧れでないといかんのだ。日本はアジアの中核となる資本主義国家であり、アメリカのアジア最大・最強のパートナーなんだ。繁栄することが義務付けられてる」
 上田は、山本の義務としての繁栄という言い方に引っかかったが、山本の別の矛盾を問うてみた。「日本は社会主義じゃなかったの?」
「それは言葉の綾だ」山本は意に介さない。「日本は十分に資本主義国家の仲間だ。西洋と東洋の資本主義国家がスクラムを組んで共産主義国家群に立ち向かってるんだ」
「ああ、そうだよな。そうだと思う」上田は興奮している山本を宥めるように言った。「共産主義との闘いはいいけど、資本主義国家の中での日本の位置付けってことでは、考えとかないといかんこともあるよな」
「と言うと?」山本は怪訝そうに言った。

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2011年10月23日

1986年の残照 円高 15

「つまりだね」上田はもったいぶった言い方で、世界の資本主義陣営内での日本の位置づけをどうするかについて説明する。「対共産主義では日米西欧は同志なんだけれども、資本主義陣営内での自由競争という観点ではお互い競争相手なわけだ。日本の産業界が頼りにするアメリカはもうそんなに優しくない。そこでどうやって日本の経済を回していくかだよ」

 山本は待ってましたとばかり持論を展開する。「一つは直接投資だ。輸出から投資だよ。日本製品の最大の海外市場であるアメリカに直接投資する。そこで製造して投資利益だけを日本に還流させる。製品販売によって儲けるのではなく投資によって儲けるようにする」
「そうすると日本の国内産業が空洞化するよね?」上田は心配そうに言った。
「空洞化しても、海外での投資利益が還流するようになれば、そこから税金として集めて、内需に貢献する新産業に回せばいい。その新産業ってのは、工業ではなくて、サービス業になるだろうな」

 もし横に実業家がいればぎょっとするような話だ。政治家も官僚も税金が好きだ。彼らの給料・活動費は税金から払われているので、自分たちのものにしようとつい企業があげた利益を税金でとろうとする。
 税金でとるよりもむしろ、国内の投資環境整備とベンチャー企業育成のために、民間が自由に投資しやすくするだけでなく投資を促し、かつ不正をしっかり監視する制度をつくったほうが起業も投資も安心してできるようになるはずなのだが。

「どんな?」上田は山本の言うサービス業が何なのか不思議そうに訊いた。
「たとえば、農業をサービス業にする」
「え?」と上田は驚いていた。
「つまりだな。国土保全の役目を農業は担ってるわけだ。農業が環境の保護、国土の保全をすることによってそのサービス料を税金から支払う」
「でもさ、農薬などの問題もあるよ。環境保護どころか、環境破壊じゃないの?」
「だから」山本は苛立った。「そこは無農薬有機農業や自然農業を推進してそのコストは国民が負担する」
「それはそれでいいけどさ、アメリカからは農業分野でも自由化、開放の圧力があるけど?」

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2011年10月24日

1986年の残照 円高 16

「いいかい」山本は、上田が心配しているアメリカからの農業自由化要求くらい誰だって知っているとでも言いたげに説き聞かせる。「日本は高付加価値農業に移行するんだ。アメリカみたいなだだっ広い大平原で機械使ってオーナー家族だけで農業やってるところに生産性で敵うわけがない。
 その代わり日本ではきめ細かな農業ができる。それを強みにする。手作りの高級農産物開発と国土保全、環境保護こそ次代の日本農業の役割だ」
「農産物をただ生産するのではなくて、開発するわけね。良いアイデアみたいだけど」
 上田がこう言うのを聞いて山本は満足そうに頷いた。「つまり、棲み分けをするんだよ。一般大衆向け農産物をアメリカから輸入し、一部の富裕層向けに高級農産物をアメリカに輸出する。日本古来の京野菜なども生産して、京都懐石料理というグルメ・ブランドと一体化して輸出する」

「まあ、農業の未来は明るいみたいだけど、工業はどうする?」上田は山本の話に本当に納得したのかどうかよくわからないが、早くも次の関心へと気持ちが移ったようだ。「この円高では農業よりも工業のほうがたいへんだよ。農業とサービス業だけでやっていくわけにはいかないよね」
 山本はしたり顔でニヤリと笑った。「上田さんも知ってるだろ? ほら、西多摩でやろうとしてること」
「ああ、あれか。何て言ったかな……汎用高速コンピュータじゃなくて……」
「汎用スーパーインテリジェントコンピュータだな」
「何だいそれ?」上田は笑いを堪えるように言った。
「現代の百科全書を作る国家プロジェクトだ」
 上田は笑いをかみ殺すように黙って山本が続けるのを待った。

posted by 論虚空 at 08:29| 1986年の残照 序章 円高 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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