2011年10月10日

1986年の残照 円高 2

 年が明けて1986年になっても政治家や財界人は前年のプラザ合意で進む円高をどう乗り切るかを話し合っているのだが、円高は止まることを知らない。

 政治家も当座の応急措置だけを考えていたわけではなく、世の中に存在しない技術や最先端技術を生み出す国にするための施策を議論している。
 創造力を向上させるには、過当競争に陥っている受験戦争や詰め込み教育は良くないから、教育にゆとりを持たせて、暗記力よりも発想力を伸ばすようにしようとか、世界最先端技術を開発するために国家を代表する叡智を集めた巨大国家プロジェクトを立ち上げようとか、いろいろだ。
 低価格・高品質だけが取り柄の、欧米起源の製品の集中豪雨的輸出から、世界の進歩に貢献する科学技術の開発に日本の役割を転換しなければならないとわかってはいた。

 政府がこんな状態の日本で、東京の西多摩地域、秋吉川の駅前の小さく寂れた定食屋で江垣真一はかつ丼を食べていた。
 豚カツの衣のパン粉は荒くがさがさとし、豚肉も硬くうま味が欠けている。それを割り下の醤油や砂糖を必要以上に増やして煮込み、無理矢理柔らかくしようとしているのがわかる。ごはんも割り下で水っぽくなっていなければパサパサで食べられたものではないだろう。
 豚カツやごはんのまずさを甘ったるい味付けでごまかして客の舌に媚を売ろうとしているのが見え見えなのだ。それでも、昼飯をとっておらず午後遅くに食べている江垣は、腹が減ってるせいかそんな味でも我慢できた。

 店のテレビでは国会中継を流していた。
 プラザ合意後の円高にどう対処するかで政府与党と野党が侃々諤々の議論をしていた。これは所詮万年与党と万年野党との議論だ。野党議員が文句を言ったところで、多数決原則の議会では多数を占める与党の前ではなすすべもない。
 与党議員は、ときにおおらかに包容力を持って、野党議員を受け入れるような素振りをしたかと思うと、ときに馬鹿にしたようにからかいながら野党議員をいなしている。馬鹿にされた野党議員は苛立って吠え立てる。与党議員は駄々っ子をあやすように「まあまあ」と親の寛容さを見せる。この態度がますます野党議員を苛立たせる。
 これはほとんど漫才だ。


posted by 論虚空 at 07:52| 1986年の残照 序章 円高 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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