2011年12月21日

1986年の残照 官僚の不合理 1

 通産省機械情報産業局に先端電子技術政策課ができたのは昨年のことだった。そこでは、その名の通り先端電子技術に関する国家政策を立案する。
繊維、鉄鋼、カラーテレビ、自動車と恒例行事となっている日米間の貿易問題を個別に解決するのに疲れた政府は、貿易問題に直面しない新産業の育成に注力しようとしていた。
 欧米ですでに中核産業となっている産業分野が日本で成長し、貿易を通じて国家の収益源となったとしても 結局は貿易摩擦を引き起こし、対外関係を危うくするだけだった。
 見渡してみれば、欧米にあるものは一通り日本にも揃って来た。それなら、そろそろ欧米に無い物を作るときだとの気運もあった。

 そういう無いものを作り出すために国が力を入れる分野として電子技術が選ばれたのだが、不思議なことに今にち電子と名が付けば、誰にも「新しさ」を思い起こさせる。
 電子工学分野では新しい発見・発明が今も次々と生み出されているし、御用済みになりかけている石炭産業と比べれば、確かに新しい産業ではある。
 でも、その基本的な理論のほとんどは欧米発祥であって、その根幹に付随して新技術が枝葉のように生まれているにすぎない。
 半導体は新産業だろうが、その基本理論はアメリカで考え出され、集積度が増すことはすでに予定されていた。



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2011年12月22日

1986年の残照 官僚の不合理 2

 半導体における技術開発は、欧米技術を起点とする発展の道筋に乗っている。
 だから、欧米発祥の科学技術理論を覆すような根本的な大改革理論を生み出さない限り、やはり日本の電子技術も繊維や自動車が辿ってきたのと同じ道を歩むことになる。
 こんなことは、政策担当者は誰も薄々気づいていたのだが、みんな気づかない振りをしていた。
 なぜかって?
 それに気づいたら自分の仕事が無くなるからだ。

 通産省に入省して四年目になる巽方明は、通産省の精鋭を集めたといわれる先端電子技術政策課に配属された。
 本来ならそこに選抜された喜びで有頂天になるくらいのはずなのだが、普段は浮かない顔をすることのほうが多い。

 人には誰しも多少の差はあれ自尊心というものがある。
 官僚は、特に自尊心の強い者が集まっていると言われる。
 官僚は、子供のころから青年期まで長く続いた受験期のせいで、相対的評価に過剰に敏感になってしまっているか、あるいは受験という名の試練を乗り越えて悟りの境地に達してしまい、相対的評価を忘却してしまっている。

 残念ながら悟りの境地に達していない官僚には、自尊心を満たす物差しは相対的評価しかない。
 国家試験の成績順だとか、出世のスピードとかがそれに当たる。
 巽がどうかと言えば、巽も悟りの境地に達しているわけではない。

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2011年12月23日

1986年の残照 官僚の不合理 3

 通産省の期待を集めた新部署に抜擢され、同僚と比べて相対的に高い評価を得たのだから、巽は官僚として得意になるべきなのだ。
 将来有望だとお墨付きをもらったからこその抜擢なのだ。きみは官僚トップになれるよ、と官僚機構が甘く囁いてくれたのだ。
 浮かない顔をしているときではない。

 巽にも自尊心はあるが、自分では人なら誰しも持っている程度ものでしかないと思っていた。
 通産省に入りたいと思ったのも、国の産業政策を作るのが、単純におもしろそうだと思ったからだ。
 別に国家を自分の手で支配したいと思ったわけではないし、国家の権力構造に入らなければ自分の人生は無意味だと思ったわけでもない。

 さほど官僚になることに執着心があったわけではないので、学生のとき国家試験の勉強にさほど時間をかけるつもりもなかった。
 適度にやって受かればそれでいいし、受からなくても民間企業に就職すればいいというスタンスで勉強に取り組んでいた。
 それでも、国家試験の受験直前は、かなり勉強時間は長くなっていた。追い詰められたというより、佳境に入ったから受験勉強が止まらなくなったと言ったほうがいい。
 クイズを解くようにリラックスしてやっていた。それが良かったのか、国家試験の成績も良く、通産省に採用された。

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2011年12月24日

1986年の残照 官僚の不合理 4

 通産省に入省した当初は気概みたいなものもあったかもしれない。
 それが一年経つと猜疑心が芽生え出し、三年目に入ると通産省の存在理由そのものが不明になっていた。
 それでも、上司から要求された課題にはクイズを解くようにおもしろ半分で取り組んでいた。
 そして、受験のときと同じで、このようなリラックスしたやり方が良かったのか、良い結果が出てしまい、自然と評価が上がってしまった。

 仕事はうまくこなすのに他の官僚のような出世欲が外見上一切感じられないのも上からは好感を持たれる要因となった。
 意図していたわけでもないのに、巽は早くも将来の次官候補の一人になってしまった。

 それなのに、巽は浮かない顔をしている。前ほどはクイズを解くように仕事を楽しむこともできなくなった。
 省庁の中でも通産省の地位は高いと見られている。政治家が首相になるには、大蔵、外務、通産の三大臣を経験していないといけないとも言われる。巽はこの三つの省庁に対して独特の見方をしていた。

 まず外務省については、外交官が外国で貴族のような生活を送るためのコストを国民が税金で払ってくれているのは驚きだと巽は思っていた。
 外国に外交官として赴任してもほとんどの外交官は何をしてるのかわからない。

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